2023年公開の『怪物』(カンヌ国際映画祭・脚本賞クィアパルム賞2冠)と、『ゴジラ-1.0』(米国アカデミー賞・視覚効果賞受賞)のプロデュースを手がけた東宝・山田兼司さん。
“世界基準の映画”を目指す山田さんと、世界進出を見据えるMinimal代表・山下が、日本ならではの強みやカルチャー、世界で勝負できるコンテンツについて語り合いました。
※前編はこちら
「美味しい」と「面白い」は、文化性
山下
最近「美味しい」って言葉が面白いなと思っているんです。
これって文化性を帯びている言葉なんですよね。
美味しいって絶対的な価値じゃないので、移ろうんですね。だから僕らは「新しい」ことを提示して更新し続けたいと思っています。
美味しさのためには「新しさ」や「驚き」が必要だと思うんです。
山田さん
それは僕らの映画の世界で言うと「面白い」という感覚に近いのかなと思いました。
面白いって何かと言うと、「感情が動いた」ということだと思うんですよ。で、ストーリーというのは「人間の感情を動かす技術」なんです。
だから「面白い」ということを僕は一番大切にしていて、そこがブレてはいけない。
そして「ストーリーの力とは何か」という本質を深めていかないといけないと思っています。たぶんそれは、料理における「美味しいとは何か」を突き詰めていくことにちょっと近いのかなと思いました。
山下
なるほど。「面白い」って、漢字で「面(つら)が白い」って書きますよね。それって感情が動いてるってことですよね。期待以上の何かがあったということです。
「美味しい」も「美しい味」って書くわけだから、ただ単に味覚的にうまいということを超えて、心が動くっていうことなんですね。
山田さん
そう。だから「美味しい」って僕にはすごい謎だし、ものすごいことをMinimalの皆さんは探求されているなと。
「美味しいの“普遍性”とは何か」にぶち当たったら、やっぱりストーリーということになるんじゃないかと思うんです。
山下
たしかに。僕は、賛否がありながらも「noma(コペンハーゲンの三つ星レストラン)」が素晴らしいと思うのは、ストーリーを生んでいるところなんです。
「ニュー・ノルディック・キュイジーヌ(新北欧料理)」というコンテクストをみんながわかった上で、世界中から食べに行くのはすごいことです。やっぱり文化性を帯びていくんですよね。
Minimalも、「ストーリー」
山下
Minimalも大きな意味で僕は「ストーリー」だと思っているんです。Minimalというブランドのストーリーの文脈に共感してくれて、お客さんやスタッフとして関わってくれる人もいて。
山田さん
その通りですね。
山下
Minimalのストーリーにおいて今これから何をするべきなのか、何が足りないのかなって考えてて。
山田さん
難しい(笑)
山下
そうなんです(笑)。僕が考えているのは、今作り出してるものをもう一回ちゃんとみんなで食べて、みんなで「これは何なんだっけ?」ということを話す時間がすごい大事な気がしていて。
山田さん
なるほど。
山下
たとえば板チョコレートに関してはずっとそれをやってきたんですね。だから板チョコレートはコアな共感性が高いんです。
他のアイテムも目に見えないストーリーを自分たちなりにコミュニケーションして深掘りしなきゃいけないんだけど、そこが足りてない。
本当に夢中になって掘っていくときって、周りの目なんて関係ないし、行き切ったときの清々しさってあるじゃないですか。
山田さん
ありますあります。
Minimalは、みんなで作る「未完成な作品」
山下
難しいのは、Minimalは「チーム」でブランドとしてものづくりをしているところなんですよね。
僕は創業者なので、好きなことをやらせてもらっている部分も当然あるんですけど、僕一人のブランドではない。
Minimalはみんなで作る「未完成な作品」だと最近は強く思っていて、みんなが関わることによってMinimalの輪郭ができていくと思っているんですけど、ノイズが入るとも言えるじゃないですか。
映画もそうですよね。みんなが関わるので誰か一人のエゴだけで作れるわけではないので、そこを乗り越えていくために気をつけていることってありますか?
山田さん
ああ。同じ悩みを抱えているなと思いました(笑)。
僕がたどり着いた結論としては、最終的には「自分の存在はどうでもいい」という状況にしなくちゃいけないということなんです。
Minimalのように10年も続けていくことに比べると、映画は長くても数年なので、ちょっとそこは違いますが、要するに「作品」が太陽みたいにエネルギーを帯びて、「その作品に関わりたい」「この作品はすごい作品になりそうだ」という作品自体のパワーによってすべてを牽引していかなくちゃいけないと思うんです。
最初の「0→1」のタイミングでそのエネルギーを企画として生み出せるかどうか。その「仕込み」の段階で作り上げられるかにもう命をかけるというか。
山下
「仕込みが8割」ってよく仰ってますよね。
山田さん
そうなんです。少なくとも映画やドラマというジャンルで言うと、それが一番大事かなと。
「北風と太陽」ってありますけど、 やっぱり“北風マネジメント”って限界があるんです。厳しくしてなんとかやらせようというのは。
僕は“太陽マネジメント”が本質だと思ってて。作品がめちゃくちゃ魅力的だったら、勝手にみんな踊り出すんですよ。熱くなって服を脱ぎ始めて。
山下
その「作品が太陽になる」ためのポイントってありますか?
山田さん
すごくシンプルに言うと「自分の心が動くか」です。
周りに何を言われようとも「この企画は絶対に面白い」「俺は心震える」「もうこの物語を考えてるだけでうるっとくる」みたいに自分の“嘘じゃない感情”が動くかというところまで掘り下げきれてるか、自信が持てているかですね。
最悪、もしそれが間違っていたなら、もうしょうがないです。だって自分が感動したんだから。
むしろ「逆になんで面白いと思わないのかな?」って興味が湧いて、そこをまた分析して取材すると、また新しいものが見えてくるみたいなこともあるかもしれないです。
山下
それを毎回、作品ごとにやるって相当なことですね。
山田さん
もう大変(笑)。特に自分は原作モノをほとんどやらずに、ほぼオリジナルばかりで作っているのでその熱狂がないと絶対バレるんですよね。
世界観の全体設計が、Minimal
山下
Minimalが「未完成な作品」という意味では、「サグラダ・ファミリア」みたいな感じかなと思ってるんです。
創業から10年でもう自分の想像の範疇を超えていって完成図が分からなくなるっていう感覚が、今ちょっとあって。
山田さん
ああ、なるほど。
山下
Minimalのコアにある価値は、10年経っても何一つ変わっていないんです。
でも今は規模も関わる人も変わって、誰に対して届けるかも広がっているんですよね。
僕自身がこの10年でいろんな食の経験を経たことで、見えているものが変わっているし、ブランドが広がったときに「どういう世界になっているんだろう」というのが見えなくて。
……あ、今話してて思ったのは「RPG」なんですかね。
山田さん
はい、なるほどね。
山下
ゲームの世界観が拡張していくと、プレーヤーがそれぞれに目的やサイドストーリーを見出すじゃないですか。なんかこの全体設計がMinimalなんですかね。
山田さん
素晴らしいと思います。Minimalという世界観のグランドデザインがあって、創業ストーリーや、山下くんの変化や思考もあって、1個1個の商品にもストーリーというか宇宙があって、それらがフラクタルで多様性を帯びて、拡張してきたときに強いストーリー群になる。
熱狂するポイントがいろいろで、それぞれに居場所があるという感じで包含できる強い世界観があれば、ブランドとして生き残っていくだけでなく、歴史に残るブランドになっていくのかなと思います。
山下
今日話していて、やっぱり自分の中で反省がありますね。
Minimalが世界に出ていくためには、もう一段深く自分たちのストーリーを作るために“地下水脈”を目指して掘り下げないとなと。
山田さん
反省はしなくていいと思いますけど(苦笑)。
でも、“答え”は、一緒にいる周りの皆さんの中と自分自身の中にしかないはずなので。
そこを深掘って、見たことない景色をみんなで探すのが一番楽しいじゃないですか。
常に人は変化しますし、細胞もどんどん生まれ変わってますから、見たことない景色をまだ見つけられるのって楽しいですよ。
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さらに後編に続きます!(8/17(土)18時に公開予定)
山田兼司さん
1979年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。2003年テレビ朝日入社、報道局を経て、10年以上、映画/ドラマプロデューサーとして勤務。
ドラマ「BORDER」シリーズ、「dele」などを手掛け、東京ドラマアワード優秀賞を2度、ギャラクシー賞を3度受賞。2019年から東宝に移籍。映画「百花」ではサンセバスティアン国際映画祭で最優秀監督賞、映画「怪物」でカンヌ国際映画祭脚本賞、クィアパルム賞の2冠。「ゴジラ-1.0」では北米の邦画興行収入歴代1位を記録し、史上初のアカデミー賞視覚効果賞を受賞。同年、個人として「怪物」「ゴジラ-1.0」で2つのエランドール賞と藤本賞を受賞。北米では2023年を代表する「アジアゲームチェンジャーアワード」をグラミー賞受賞アーティストのアンダーソン・パークらと共に受賞した。