2023年公開の『怪物』(カンヌ国際映画祭・脚本賞クィアパルム賞2冠)と、『ゴジラ-1.0』(米国アカデミー賞・視覚効果賞受賞)のプロデュースを手がけた映画プロデューサー山田兼司さん。
“世界基準の映画”を目指す山田さんと、世界進出を見据えるMinimal代表・山下が、日本ならではの強みやカルチャー、世界で勝負できるコンテンツについて語り合いました。
全3回でお届けします。
写真左:山田さん、写真右:Minimal代表・山下
共通する”ものづくり”への熱量
山下
(山田)兼司さんに初めてお会いしたのは、とある会食の席でしたよね。僕が新政酒造の凄さについて熱く語ってて……。
山田さん
そうそう。山下くんの解説が本当に素晴らしくて。
山下
僕、けっこうその才能はあるんじゃないかと思ってるんです(笑)。
山田さん
新政の本質を押さえながら、日本酒の歴史を理解した上で日本酒のメカニズムや成り立ちや新政が追究するすごさを、きわめてロジカルに話してたんですよね。
自分が普段からものづくりで大事に思っていることを、ちょっと違うアングルから体現した人を“見つけちゃった”という感じでした。
山下
僕、たぶん本来の資質が“編集者”に近いと思うんですね。
「これはこういう魅力があるから、こういうふうに伝えたらいいな」と思ってしまうんですよね。
そしてめちゃくちゃ深く知りたい欲求が強い。
山下
兼司さんと話をしていて、映画はモノづくりであるということに改めて気づかされました。
映画づくりは外部の僕からすると、とても特殊な世界で、モノづくりという感覚でみていませんでした。
しかし、兼司さんから色々教えてもらっていると、如何に映画が精巧に作りこまれる匠の技であるかということに気づかされます。
山田さん
同じように、じつは僕にとって「食」って今一番尊敬すべきというか、学ばせてもらえるジャンルだなと思ってて、今日は楽しみにうかがいました。
山下
ありがとうございます。
それにしても、最初の出会いはチョコレートとも映画とも全然関係のないところでしたね(笑)。
世界で評価されるための4つの条件
山下
2023年の映画『怪物』と『ゴジラ-1.0』は劇場で観て圧倒されました。
スケール感や世界観がきちんと作られながら、一人の内面や人間模様が克明に描き込まれていて。
作品を作るときにはどんなことを意識するのですか。
1)歴史
2)アクチュアリティ(現在性)
3)コンセプト
4)普遍性
なのですが、このすべてを満たすことが世界でも評価されうる強度を持つ重要なポイントだと気づいたんですよ。
ひとつずつ簡単に説明すると、「歴史」というのは、映画というものがどうやって生まれ、今までどんな作品があり、今自分たちが作ろうとしているものは映画史において何を提示するのか、といったことを歴史的な視点から捉え直すことです。
カンヌ映画祭でもアカデミー賞でも長く残る作品には、映画史において「今ここにある必然性」が確実にあり、「絶対にこれは浮き上がる何かがある」というものがあるんです。
じつはMinimalで体現されていることの一つはここだと思っています。
2つめの「アクチュアリティ(現在性)」というのは、「半径5メートル以内」にある自分の感覚や実体験を深掘りしていくことです。
自分がフィルターになることでそこに強烈な現在性を帯びるんですね。
「世界に向けた物語を作ろう」とすると、つい主体である自分から遠くなることがけっこうあるんですけど、じつは答えは全部「半径5メートル」の自分の周りと自分の中にあるんです。
『怪物』も『ゴジラ-1.0』も完全にそういう発想で掘りまくった作品でした。
3つめの「コンセプト」というのは、一言で言うと「発明」です。その作品にしかできない発明を提示できているかです。
最後の「普遍性」というのは、これまでの3つを積み上げて深掘りしていくと、どこかで人種や言語を全部横断して、「人間みんなが感じる感情の動き」みたいなことに到達できるんです。
僕の好きな言葉で、作家の村上春樹さんが仰る「井戸を掘る」という言葉があります。
ご自身の物語の作り方で、足元の井戸を掘り進めると地下水脈にぶち当たり、その地下水脈で世界と繋がれるという意味です。
だから村上さんの小説を世界中の読者が「なんで私のことを書いたんですか」って言い出すんですね。そういう感覚に近いです。
山下
めちゃくちゃわかりやすいですね。
特に「世界」を意識してものを作り出そうとすると、どんどん自分と距離感が離れていく感覚は僕もわかります。
山田さん
一見、矛盾するようですけど、世界に向けていくには徹底して世界を意識しないことだと思います。
「世界を目指しましょう」と言うと、すぐマーケティング的な言葉が氾濫してくるじゃないですか。
借り物の感覚で、マーケティング的に何かを作ろうとすると、絶対にクオリティは打ち止まるんですよ。
経験値から言っていっぱい失敗してきたので。
カカオを“刺身”で出す
山下
さっき、「歴史」のところでMinimalに触れてくださったんですけど、チョコレートって太古の昔から「神々の食べ物(テオブロマ)」としてのカカオがあって、産業革命で「固形チョコレート」になって……という加工の長い歴史がある中で、僕らは「素材に回帰する」という転換をしたんですね。
「本当に身体に入れるべきものってなんだっけ?」という思考から、さらにカカオという素材のカラフルさに気づき、「シンプルなものがカラフル」という面白さに行き着いたんです。
山田さん
なるほど。僕らが『ゴジラ-1.0』という映画を作るとき、この普遍的なIP(知的財産)に対して、どうやったら新しい独自性に突き抜けられるかみたいな戦い方で挑みましたけど、いわばチョコレートも強大なIPですよね。
その固有のすごいものをどうやって作っていくかというのは、同じ大変さを抱えてるんじゃないかなって勝手に思いました(苦笑)。
山下
たぶんそこが「コンセプト」に当たると思うんですね。
僕たちが何を「発明」したかというと、「カカオを刺身で出す」ことなんです。
これまでのチョコレートは“甘く口どけなめらか”に加工するものだったのですが、Minimalでは「素材に回帰する」ことで香りを味わうために“ザクザク”させました。
ザクザク食感というのは手段でしかないのでこだわる必要もないんですけど、甘味という一番の強度を“香り”に置き換え、さらに複層的に重なり合うチョコレートを目指しました。
ブドウの味ではなく、ブドウのような味
山下
僕らはよく「〜のような」という言葉を使うんですね。ブドウのようなフレーバー、とか。
最近気づいたんですけど、ここに僕たちの価値があるんじゃないかと。
たとえば、ブドウの味が欲しければブドウフレーバーを入れれば手っ取り早いわけですけど、そうするとブドウの香りだけが突出して強くなるんです。
僕たちは素材が本来持っているいろいろな味や香りが重なり合って、「ブドウのような味」を目指したいんですね。
素材というのはあくまでもいろいろなものが複層的に重なり合って、たまたまその「味わいのような感じ」が出ているだけで、切り口を変えていくと違う味わいが浮かぶんです。
そうなることで食べる体験、飲む体験、何かと合わせる体験、自分の体調などで感じるものが移ろっていくという、食の豊かさに繋がっていくと思います。
……もしかするとこれって『怪物』と一緒かもしれないですね。見方を変えてみると、多面的に表情が変わっていくという。
山田さん
たしかにそうですね。
山下
「アクチュアリティ(現在性)」の話でいうと、10年前に創業メンバーで話し合って「自分たちの好きなものを表現してみよう」ということが出発でした。
エンジニアリングディレクターの朝日の造り方があって、僕の好きなスペシャルティコーヒーの世界があって、というふうに各自の「表現」ということにはこだわっていました。
山田さん
なるほど。僕にとって「企画」ってコミュニケーションなんですね。
過去を振り返っても、全部そのときの出会いなんです。
「僕が尊敬しているこのクリエイターと作るんだったら、今このテーマなら商業的にもギリギリ成り立つし、すごい深堀りできる。めっちゃ熱狂しそう!」みたいな。
山下
同じですね!こうして兼司さんに整理してもらってみると、4つめの「普遍性」にはMinimalはまだたどり着けていないですね。
深掘ることは頑張っているのですが、地下水脈にはたどり着けていないです。
その点、新政酒造はやっぱり凄いです。万人があのお酒を飲んで美味しいと感じるじゃないですか。
小難しいことを抜きにしても単純に美味しい。僕らよりも強度が強いような気がしていて。こんなことを言うのはちょっと悔しいんですけど(笑)
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さらに中編に続きます!
山田兼司さん
1979年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。2003年テレビ朝日入社、報道局を経て、10年以上、映画/ドラマプロデューサーとして勤務。
ドラマ「BORDER」シリーズ、「dele」などを手掛け、東京ドラマアワード優秀賞を2度、ギャラクシー賞を3度受賞。2019年から東宝に移籍。映画「百花」ではサンセバスティアン国際映画祭で最優秀監督賞、映画「怪物」でカンヌ国際映画祭脚本賞、クィアパルム賞の2冠。「ゴジラ-1.0」では北米の邦画興行収入歴代1位を記録し、史上初のアカデミー賞視覚効果賞を受賞。同年、個人として「怪物」「ゴジラ-1.0」で2つのエランドール賞と藤本賞を受賞。北米では2023年を代表する「アジアゲームチェンジャーアワード」をグラミー賞受賞アーティストのアンダーソン・パークらと共に受賞した。