新たなカルチャーを生み出すトップランナーにお話をお伺いする、Minimal代表・山下の対談企画第2回は、西麻布で日本酒バー「EUREKA!(ユリーカ)」を経営する千葉麻里絵さん。
日本酒利酒師(ソムリエ)として口内調味(ペアリング)や、酒蔵とのコラボレーションなどで新しい日本酒のスタイルとカルチャーを提案する千葉さんの原点に迫ります。
「おいしかった」より「楽しかった」と言われると嬉しい
山下
千葉さんが満を持して独立開業された「EUREKA!」に今日は来ています。ここはどんなお店なんですか?
千葉さん
ここは私がこれまでやってきたお店の“集大成”と位置付けています。
私は新宿で立ち飲みバー(新宿スタンド酛)で働き、次に恵比寿でカウンターに座る料理店(GEM by moto)をやってきました。
今回はそのどちらも兼ねて、個室のVIPルームがあり、吉野杉のカウンター席があり、立ち飲みもできるという構成です。なかなか1つのお店で全てが揃っているのも珍しいと思います。
徐々にお店の規模をグレードアップさせてきたんですけど、そうすると新宿の立ち飲みの雰囲気が好きだったお客さんが来づらくなったりするわけです。
自分としては、これまでのお客さんもありきで今の自分がいると思っているので、みんなで一緒に共有できるお店にしたかったというのがあります。
山下
料理やペアリングに関してはどうですか?大事にしていることはありますか?
千葉さん
大事にしていることは、お客さんが何を欲しいかを一人一人に対してきちんと応えることですね。
たとえば日本酒と料理のペアリングでも「これとこれは合いますよ」とおすすめはしますけど、正解は人それぞれ違うので、相手のことをちゃんと見たいんです。
うちは居酒屋ではあるんですけど、お客さん一人一人がそのときに食べたいものや飲みたいものを提供したいと思っていて、たとえお酒と料理が合わない組み合わせでも、そのお客さんが求めているんだったら全然構わないんです。
山下
僕らが大事にしているサービスも似ているかも知れません。お客さんが豊かになる体験を届けたくて。
そのためのお客さんの求めていることを先回りして考えて提供することを大切にしています。僕らは「また行きたいと思えるお店」になることを目指しています。
初めて来たお客さんには、どんな感じでサービスを提供しているんですか?
千葉さん
1杯目が一番大事だと思っているので、お客さんの好みのものを出すのも大事なんですけど、一番意識してるのは苦手なものを出さないことです。
1杯目がちゃんと入れば、お酒には人をリラックスさせる力があるので、その人の本質が出やすくなります。
たとえばその人が本を読み出したり、スマホをいじっていたら一人の時間を楽しみたいんだなとか、スマホを出さないでキョロキョロとしていたら、誰かと話したいのかなと思ったりとか。その仕草とか見ますね。
山下
やっぱり一回来たお客さんって覚えてますか?
千葉さん
だいたい覚えてるって言いたいですけど(笑)。何を飲まれたかは覚えてるかな。
山下
千葉さんにとって一番の喜びはどんな瞬間ですか?
千葉さん
お店をやってると帰り際に「ありがとうございました。おいしかったです」って言われることが多いのですが、じつはそれよりも「楽しかったです」って言われる方が嬉しいですね。それを毎日けっこう言っていただける環境にあるのは喜びですね。
大学で学んだ化学式が、日本酒につながった
山下
千葉さんは日本中の酒蔵とコラボレーションしているじゃないですか。個人で酒蔵と共同開発する人も珍しいと思うんですけど、それはなんでできているんですか?
千葉さん
なんででしょうね(笑)。日々研究してるからですかね。
日本酒って年によって味が変わるので、たとえばあまりよくない出来だったときに「なんでダメなのか」というところまで話せるのはあります。それをNGで終わらせるんじゃなくて「このフレーバーを活かして、こういう料理に合わせればいけますよ」みたいなことを言えるからですかね。
大学で有機化学を学んでいたこともあって化学的に分析もできるんですけど、単に「この米とこの酵母で造って」って言うわけではないので。
あとはお客さんの反応も共有するので酒蔵さんにとってもプラスの学びになってほしいし、一緒に切磋琢磨しあえる関係だから続いているんだろうなと思います。
山下
千葉さんは日本酒を世界に広めて、日本酒で生きていこうと決意してるわけじゃないですか。そのきっかけは何だったんですか?
千葉さん
東京に出てきてシステムエンジニアの仕事をしていたのですが、飲食の仕事をしたいと思ってたまたま転職した会社が日本酒の立ち飲みのお店でした。
日本酒のことは何もわからなかったんですけど、勉強を始めて地方の酒蔵に見学に行ったら、真剣に造っている姿に感動して。そこからですね。
高校から化学が好きで、大学でも勉強していたので、日本酒の香り成分を勉強した時に「ああこれ勉強した化学式だ」ってつながったんです。なんかここで役立つとは思ってなかったですけど(笑)。
山下
たまたま日本酒でバチッとハマったんですね。
千葉さん
私は日本酒のマニアっていうより、日本酒を造ってる人が好きなんですよね。
「並行複発酵」という世界的にも難しい技術で造っていて、長い伝統があって、しかも気軽に楽しめる価格が多い。こんなにいいものをもっと知ってほしいと思いました。
山下
なるほど。人がいて、そこに技術が積み重なった歴史があって、お酒のおいしさもさることながら、その背景にあるヒトやコトを含めて魅せられているんですね。
日本酒を広めていくためにお店で大事にしていることはありますか?
千葉さん
“感謝”。やっぱり日本酒って、培われている歴史もそうですし、日本の風土(軟水や気候や稲作文化)があってできていて、奇跡みたいなものだと思っているんですね。
私も新しいことにはチャレンジしているのですがーーペアリングしたり、スパイスを使ってみたりーー新しいことって既存にある組み合わせを変えただけだと思っているので、一番気をつけているのが日本酒に対するリスペクトを持つことなんです。
たとえば日本酒の味を壊してまで新しいことはしたくはないというか。
根っこに感謝があれば、何か新しいことをやるにしても、おかしなものって生まれないと思うんですよ。
「味わい」と「アート」はリンクする
山下
千葉さんの遊び心とかクリエイティブの原点ってなんですか?
千葉さん
それは、うちのお母さんですね。キルティング(パッチワーク)のコンテストで世界一になって7連覇くらいしてて。
私が小学生のときには手伝いをさせられて、最初に布を当てて配色を決めるんですよ。
たとえばピンクだったら赤や紫を合わせるんですけど、なんかお母ちゃん、そこに必ずグレーとかちょっとノイジーな色を入れるんです。
最初は全然意味がわからなかったんですけど、だんだんその色彩感覚というのか「ちょっとアンバランスなんだけど、美しい」みたいなセンスが養われたと思います。
だから、お酒も「色」で見えて、ペアリングするときは「形」で見えて、パズルみたいに当てはめていく感じで捉えています。
山下
いわゆる「共感覚」ですね。
千葉さん
そう。でも色で伝えてもお客さんには通じないですからね。そのまま話すとちょっと頭おかしい人だと思われるので(笑)、化学的な説明で後付けしています。
でも、味わいとアートって、すごくリンクしてると私は思いますよ。
お母さんが狂ったようにキルティングしているのを見ていたから、同じ道には進みたくなくて食の世界を選んだところもあると思うし、影響は受けていますね。
山下
やっぱりものづくりに狂気って必要なんですよね。
千葉さん
今なら理解できますけどね。でも子供心に部屋中に針が落ちてるとか嫌じゃないですか(笑)。
一生やるなら、たまには飽きる。でも自分の中に横たわっている
山下
今後の目標にしていることってありますか?
千葉さん
海外でお店をやりたいですね。
山下
それはどうしてですか?
千葉さん
新しい景色を見るのが好きなんだと思います。私、少し飽きっぽいところがあるんですけどね。
お店を始めて8年目ぐらいのときに悩んだことがあって、お店に来てくれたアーティストの人に相談したことがあるんです。
「私、恥ずかしいんですけど、飽きちゃったんですよ」みたいなことを言ったら怒られるかと思ったのですが、その方が「3年とかで飽きたんだったらもうやめて違うことをやった方がいいと思うけど、5年以上やっていれば飽きる瞬間は必ずある。逆に飽きたことを受け入れていい。だって一生ずっとやってくんでしょ」って言われて。
「たまには飽きるよ。でも(自分の中に)横たわってるから」と。それですごく気持ちがラクになって。
山下
それは刺さるなあ。僕もMinimalは8年が過ぎましたけど、3年目のときと今だと感覚が違いますからね。僕も新しいことやってないと飽きちゃうのでとても共感できます。でもやっぱり確実にそこに横たわってるですね。すごい救われるなあ。
対談は後編に続きます。※1月15日公開予定
後編では、食でカルチャーをつくること、「おいしい」と「楽しい」の違いなど話はさらに深まっていきます!
※後編はこちらから
千葉麻里絵さん
西麻布EUREKA!店主。日本酒ソムリエ。第14代酒サムライ。岩手県出身。日本酒に魅了され、日本全国の酒蔵や酒販店を訪ね、口内調味(ペアリング)で新しい日本酒体験や、酒蔵とのコラボレーションを通して、新たな日本酒のスタイルを提案している。
映画:『カンパイ!日本酒に恋した女たち』
著書:『日本酒に恋して』(主婦と生活社) 『最先端の日本酒ペアリング』(旭屋出版)
EUREKA!(ユリーカ)
西麻布交差点にほど近い2階に構えた、日本酒と料理のペアリングを楽しむ酒場。カウンター席(12席)/立ち飲み(10人)/個室(4人)という3タイプを備え、それぞれの気分に合わせて自由に楽しめる。
千葉さん
「私は個人的に、事前にお店に予約するのが得意じゃなくて、その日にお酒を飲みたいなと思ったところでぱっと行けるような立ち飲み席があるのがいいなと思っていました。
海外の会員制レストランにもウェイティングコースがあって、そこで楽しむ人もいれば、中に入ってる人もいるという同じ空間を一緒に共有できるのがすごい素敵だなと思っていたのもあります」
日本酒の発酵樽に使用される、吉野杉で造ってもらったカウンター
千葉さん
「一番こだわったのがカウンターです。樽に使われる吉野杉なので、カウンターにお酒をこぼしてもいい感じでなじみ、お酒も喜ぶんじゃないかと思います(笑)」
「一期一会」を「いちご(strawberry)一会(meeting)」と洒落でつくったネオンサイン
千葉さん
「私が大好きなUNDERCOVERの青山本店にあるネオンサインが好きで、今回たまたまその製作者の方とつながることができて、オマージュを捧げるネオンサインを作っていただきました。“一期一会”は私が大事にしている言葉で、店内に掲げられてよかったです」