東京から飛行機で秋田空港へ。秋田市の市街地からさらに車で40分ほど走ると、秋田県のちょうど中央に位置する、山々に囲まれ田んぼが広がる小さな集落、鵜養(うやしない)地区に到着します。
この鵜養地区で、入手困難とも言われる日本酒を造る「新政酒造」は、無農薬無肥料の酒米作りに挑戦しています。
2022年10月の半ば、そんな鵜養地区にMinimalのスタッフ6名の姿がありました。
チョコレート専門店のMinimalが新政酒造を訪れた理由、それは新政酒造の日本酒造りの気配に触れ、理解し学ぶこと、また2021年から人気を博し今回第三弾となるコラボレーション「生チョコレート -新政酒造 陽乃鳥-」の開発のためでもありました。
今回は、そんな新政酒造への訪問記をお届けします。
酒蔵が米づくりをする理由
いわゆる限界集落と呼ばれる鵜養地区。
思わず深呼吸したくなる澄んだ空気と、日本の田舎の原風景とも言える景色が広がっています。
2016年、ここで農業未経験の新政酒造の杜氏(※日本酒をつくる職人の部門長)が、無農薬の酒米をつくるという異例の取り組みを始めました。
良いお酒をつくるためには良い原料米が必要ですが、理想的な酒をつくるために必要な無農薬栽培の米は残念ながら当時の秋田県内にはなく「ないのならばつくるしかない」と始まったのが鵜養地区での米づくりでした。
しかし、無農薬で酒米をつくることは苦労も多く、その経験もない当時高齢の農家たちには到底受け入れられないこと。そこで新政酒造は、なんと自社の杜氏を現地に送り込んで酒米づくりを始めたのです。
今回の訪問の中で、必要であれば労を厭わず挑戦する、という姿勢が新政酒造のものづくりの随所に見られました。当のご本人達は当たり前のようにさらっと行う一つ一つに、その哲学や美意識というべきものが感じられます。無農薬での酒米造りも、そういった姿勢が素晴らしい日本酒につながっているということが納得できるエピソードの一つです。
鵜養地区は山々に囲まれている為、風通しが悪く、水温の低さも相まって、湿気が多く無農薬米づくりには不向きな点もありますが、澄んだ水がありました。
また、過疎と高齢化が進む限界集落と言われるこの村で栽培された米を、新政酒造で買い取ることは必要なことである、と考えたそうです。
無農薬栽培の田んぼは、今では25町歩ほどに広がり、地域一帯となって無農薬の酒米が造られています。
川の上流周辺に人は住んでいないため、水もきれいです。
訪問日当日は前日までの大雨の影響で、川は轟々と勢いよく流れていましたが、普段はエメラルドブルーで飲めるくらいの美しさであるそうです。
轟々と流れる川には、虹がでていました
普段のエメラルドブルーの美しい川(写真・新政酒造提供)
このような自然の豊かさが、日本の豊かさのひとつであったな、と思い出させてくれる、とても贅沢な環境が広がっていました。そしてそんな中で造られるお酒は格別に違いありません。
文化的背景と知恵がつまった伝統的な酒造り
次は、市街地にある新政酒造の本社蔵の見学です。
1852年の創業当時は、米倉が並ぶ荷揚げ場所だったといいます。
100軒以上の酒屋が並ぶ時代もあったそうですが、今残るのは新政酒造と秋田醸造(ゆきの美人)のみです。
新政酒造では、酵母無添加製法以外のすべての酒には、自社で90年以上前に見つかった6号酵母※のみを用いています。また「生酛造り」という伝統製法だけにこだわり、最近は大半の酒を木桶で仕込むという伝統的な製法の酒造りを一貫しています。酒税法上は表示する義務がないような添加物(酸類、ミネラル類など)も一切使用していません。
※酒の発酵に必要な酵母。酵母は、日本醸造協会によって頒布される「きょうかい酵母」と、その他地方自治体などのオリジナル酵母に大きく分けられます。きょうかい酵母は現在、1号から19号までが認定されていますが、6号酵母は現存する市販清酒酵母中では最古となるもので、新政酒造で現出した酵母です。
そして、その伝統的な製法は、文化的背景や人が行うことの美しさという部分だけでなく、必然性があります。
たとえば洗米に使うザルは昔ながらの竹ザルを使っています。これは、ステンレスのザルよりも水切れが良いためです。
新政酒造8代目・佐藤さん自らご説明していただきました
また米を蒸すせいろも木製。これは断熱性に優れているためです。
このせいろでは、通常の6分の1ほどの量しか蒸さないため、酒造りのメインイベントとも言える蒸しの作業を1日に4~6回もおこなっているといいます。
このように、伝統的な製法は手間がかかりますが、仕込み量を減らしたり、他の作業を取捨選択したりすれば、その蔵だけの絶妙な味わいが得られます。
また、蒸した米に麴菌を繁殖させるときに使う道具には麴蓋(こうじぶた)という木製の盆のようなものを使います。これは江戸時代の基本的製法でしたが、労務コストがかさむため今ではほとんど見られなくなった技法です。
まるでまんじゅうが入っているかのように並ぶ麹蓋、これも他社にはない風景です。温度や湿度の管理が大切な工程であり、米粒の条件にばらつきがでないよう、麴蓋の場所を細かく移動させています。
そして圧巻の木桶。
戦前までは木桶で仕込むのが主流だったそうですが、戦後はほうろうタンクが現れ、現代はサーマルタンクと呼ばれる醸造用容器が使われるようになり、木桶仕込みはほぼ消滅しました。
木桶は手入れなど手間がかかることもありますが、このような自然素材で酒を仕込むことで、そこにすみついた微生物が作用し、複雑で深みのあるその蔵でしかだせない味わいが生まれます。また杉に含まれる抗酸化成分が良い影響をもたらすという研究報告もあります。
さらに、日本の発酵文化において木桶がなくなるのは惜しいと考えた佐藤氏は、自社のスタッフを派遣して木桶をつくる技術を受け継いだそうです。
伝統的な酒造りのそのプロセス全てに、美味しいお酒を造るための合理性と知恵、さらに日本の伝統文化を背負っていくという信念がありました。
日本酒を「國酒」という言葉で表すことがあるそうです。日本の文化的背景を背負ったお酒が日本酒であるという意味が、新政酒造の酒造りに触れるとその重みと共に伝わり一同、身が引き締まる思いでした。
白麹づくり
今回の一番の目的でもある白麹づくりは、3日間に渡って洗米から出麹までを行いました。
新政酒造とのコラボレーション第三弾となる今回は、Minimalスタッフ自身が麹づくりから関わり、その麹から精製した糖化液をチョコレートに合わせます。
日本酒ができるまでの工程は大きく10工程あり、
①精米→②洗米・蒸米→③麹造り→④酒母づくり→⑤醪(もろみ)仕込み→⑥しぼり→⑦ろか→⑧火入れ→⑨貯蔵→⑩調合
という流れです。
なお、新政酒造が行っている生酛造りとは、この工程の④酒母づくりにおいて、天然の乳酸菌の力で酒に害を及ぼす雑菌を淘汰して、最終的に純粋に酵母のみが残るようにする伝統的な製法です。
蒸した米と水に麹、酵母を加えるという工程を全て手作業でおこない、それは約一ヶ月にも及びます。
今回Minimalの職人が行った仕事は、生酛造りではなく③麹造りですが、これも複雑な製法で造られます。
この工程は、
引き込み→種付け→床もみ→切り返し→盛り
と分けられます。
早速体験していきます。
まずは木製のせいろでお米を蒸し上げます。せいろは大人3、4人が入るくらい大きいもので、お米が蒸し上がったら、麹室へ走って運びます(引き込み)。
麹室では、お米を一定の温度までさますため、均一に広げます。簡単に見えますが体力がいる工程です。さらに種麹をお米にふった後に温度を均一にするため、お米を混ぜながら広げていきます(種付け)。この工程も、まんべんなく種麹を行き渡らせるために技術が必要です。さらに、麹菌が隅々まで行き渡るようによく混ぜ込みます(床もみ)。
これを一晩寝かし、固まった蒸米をさらさらの状態になるようにほぐしていきます(切り返し)。この時点でも蒸米は水分を多く含み、さらに室温が30℃ほどであるため、汗だくになりながらの作業となります。
切り返し後、一定量ずつ麴蓋(こうじぶた)に入れ温度調節をしやすくします(盛り)。
全ての工程で数値の管理は徹底されており、温度・湿度は一定に保たれています。
今回は白麹を使用しましたが、麹の種類がかわると色味もかわります。
出来上がった麹。この状態でたべると酸っぱい。麹によっても味わいが違うそう。
新政酒造での麹づくりはここまでです。
今回Minimalではこの麹を使って白麹甘酒をつくり、それを2層の生チョコレートにしました。
現地で新政酒造の8代目の佐藤さんやスタッフの方から直接技術や知識を得ることはもちろん、この訪問によって、知識だけではない新政酒造の気配や趣、佇まいを直接職人が感じることは、必ず今後のMinimalに活かされるであろうと確信できる訪問でした。
新政酒造の皆さま、ありがとうございました。
新政酒造 × Minimal コラボレーション第三弾「生チョコレート -新政酒造 陽乃鳥-」
新政酒造の貴醸酒である「陽乃鳥」を贅沢に使ったチョコレートに、Minimalの職人が新政酒造で仕込んだ“白麹甘酒”と“カカオパルプ”から成るパート・ド・フリュイを合わせた、他にはない組み合わせの生チョコレート。
酸味とコクを感じるパート・ド・フリュイと、複雑な香りとともに濃厚な甘味と酸味をもつ陽乃鳥と、その強度の近い甘味と果実のような特徴的な酸味をもつタンザニア産カカオ豆からお造りしたチョコレートのマリアージュをぜひお楽しみください。