嗜好品づくりは、文化事業
創業1852年。秋田県の老舗酒蔵「新政酒造」は、地元県産の酒米を用い、江戸時代に確立された無添加の「生酛(きもと)」製法や「木桶仕込み」など、伝統技法に基づく酒造りで熱狂的な支持を集めています。
ものづくりとは、文化をつくり、継承していくこと。文化という“得体の知れないもの”を背負い、日本酒文化の継承を先駆けて行う新政酒造8代目蔵元の佐藤祐輔氏にお話を伺いました。
あなたの国には何があるの?
山下
Minimalでは、「新しいカルチャー」づくりを志向し、西洋発のチョコレートに対して「カウンター」という旗印を掲げています。(佐藤)祐輔さんは、「國酒」としての文化をつなぐ温故知新とおっしゃっていますよね。祐輔さんの代から酒造りを江戸時代の伝統製法に回帰されたのはなぜですか。
佐藤
一番日本酒らしくて、一番職人技術がよく現れているのが江戸時代の日本酒だと思うので、「生酛(きもと)」というすごく複雑な製法とか、木桶の仕込みなどのアナログな技法を採用しています。その酒造り自体が日本独自なんですね。独創性に溢れ、技術力が非常に高い。他の国にはない、そのオリジナルなスタイルに惹かれています。
山下
江戸時代の文化を背負った上で酒造りをしようと思ったのは最初からですか。
佐藤
そうですね。元々バックパッカーで世界を回っていたとき、日本人とは何かって考えさせられるわけです。「日本独自の文化」を考えたとき、日本酒はレアな化石みたいな感じで残っていることに気づかされて。
山下
江戸時代の造り方がベースにありながらも、僕らから見るととてもモダンで新しくて、「ニュー・クラシック」とも言うべき絶妙なバランスに映ります。古き良きを理解しながら新しいものをつくることは意識されますか。
佐藤
とはいえ江戸時代そのものがゴールではないので、もっと進まなきゃいけないとは思います。
やっぱり同時代の人の共感を得て、その結果しっかりと売れないと文化って続いていかないものだと思いますので。一応、誤解のないように伝えたいんですけど、僕らは江戸時代の技法は尊重しますが、江戸時代の「味」をそのまま再現しようとは思ってないんです。
「味」って表層的な要素なので、歴史を見てもコロコロ変わっているんです。伝統製法は造り自体に自由度が高いから、しっかりと設計をすれば現代に即した味もつくれるわけです。
山下
そうなると、日本酒における深層というのは何ですか?
佐藤
伝統製法というか、より正しく言うと「伝統技法」ですね。文化や精神性も全部含めてですね。この根っこが揺らぐと何を造っているのかが分からなくなり、ジャンル自体が崩壊する可能性があると思います。
山下
味は大事だけど、深層にもっと大事なものがあるということですね。伝統や文化を繋げていく使命感や動機はどこにあるのですか。
佐藤
伝統も文化もないと、海外で「あなたの国には何があるの?」と聞かれたときに答えられないんですよ。文化をちゃんと保ててない国家は、いくら経済的に盛り上がっても根本的に馬鹿にされるんです。
※新政酒造が自社田を保有する鵜養地区
技法が生む“文化”と、技術が生む“文明”
佐藤
個人的な解釈ですが、日本も含んだ東洋的なものづくりと、西洋的なものづくりというのがあって、東洋は「技法」で、西洋の方は「技術」なんです。
技法というのは自然の成り立ちを利用するもので、技術は自然を分解・再構築して、人間の都合でそれを変えていくものです。技法からは「文化」が生まれ、技術からは「文明」が生まれると捉えています。
文化というのは、芸術や宗教などが代表ですが、得体の知れない非合理を宿したもので、理性を超えたもの。ずっと続いてて、人の都合で変えてはならないものなんかもあります。ずっと続いていて変えてはならないもの。一方で文明というのは人間が人間の物質的生活を向上させるためにつくるもの。
どっちも必要なんですけど、生活基盤を向上させる医療とか通信みたいなインフラには文明的な技術が必須ですよね。
そして嗜好品は文化の方の領域になるんじゃないかなと思うんです。嗜好品が文明と技術の方に行きすぎたら、画一的で汎用的なものになってしまうでしょう。最終的には、大量生産型のビジネスになって、価格競争に巻き込まれたりもする。ローカルな零細企業には、あまり相性が良くないんですよ。
僕らみたいな会社は、あくまでも文化を大事にしないと。文化って、根源的な人間の欲求というかプリミティブなものから発しているから、合理的に解析しようとしても、難しくてできないんですね。理屈じゃないというか。そこがいいんです。
山下
面白いですね。日本酒の価値は、根っこの文化にあるということですね。
佐藤
そうです。お酒単体で価値があるわけじゃなくて、背景にある文化や伝統技法にこそ価値があって、それを未来に残していくことに、僕たち新政酒造が関わることでできたらいいなと思っています。
カウンターカルチャーのチョコレート
山下
お話を伺っていると祐輔さんの中にある種の反骨精神のようなものを感じるのですが、祐輔さんの元々のアイデンティティですか?
佐藤
天邪鬼なわけではないんですよ。でも個人的に何かやるとちょっと人と違うことをやってしまう傾向が、なぜかあるんです(笑)。
山下
Minimalのチョコレートは、ザクザクした食感で酸味が強かったりもして、既存のものに対する「カウンターカルチャー」という思いがあります。これを「新しいカルチャー」として根付かせるにはどんなことが必要だと思われますか。
佐藤
もう十分にうまくいっていると思いますけど(笑)。あの食感のチョコレートって世界中になかったわけですよね。
山下
正確にいうと、本当の初期の板チョコレートってザクザクしてたんです。
佐藤
ああ、じゃあうちがやっていることに近いわけですね。
山下
ちょっとだけ違うのは、初期の板チョコレートは当時の技術的未熟さゆえにザクザクしていたんです。それを工業化して油を足したりすることで口どけをなめらかにしてきた近代の歴史があって。
佐藤
なるほど。つまり今までの進化の否定になるんですね。
山下
はい。10 年経っても、他に追随する人がいなくて一人旅になってます(笑)。
佐藤
他国由来の文明を生業にするなら、本国でやってる人間よりもっと深く理解しないと、とんでもない安物作りになる傾向がありますよね。
山下
おっしゃる通りです。だからカカオ豆の栽培から始めて、自分たちで豆からチョコレートになるまで全部手がけて理解を深めています。
嗜好品は、お客さんの中の「情報」の集積
佐藤
Minimalさんのやられていることって「文化事業」だと思うので、本当にうちと同じようなことをやられているのだと、ずっと思っていますよ。
山下
ありがたいお言葉です。
佐藤
でもこれって結局お客さんがいないと成り立たないんですよね。特に「嗜好品」の価値は、モノじゃなくてお客さんの心の中の「ポジティブな情報」の集積にあると思うので。だからちょっとずつでも文化をお客さんに伝えないと、僕らなんて「よく分からないことをやってる変な酒蔵」で終わってしまう(苦笑)。
山下
今、「嗜好品」という言葉が出たのですが、祐輔さんはどういうものだとお考えですか。
佐藤
嗜好品って、主観的な“人の心”がベースになるものですよね。人間の心って、
まだまだ解き明かされていないブラックボックスです。何が起こるか分から
ないし、自由でコントロールの利きません。そうした人間の個々の心に向け
てつくられたものが「嗜好品」。
山下
なるほど。そうなると、やっぱり日本酒は嗜好品ですか。
佐藤
嗜好品だと思います。必需品ではないですから。
山下
チョコレートは嗜好品でしょうか。
佐藤
もちろん。Minimal さんは特に。
山下
Minimalは「新しさ」に価値を置いているのですが、新政酒造さんはアウトプットにおける新しさの価値を意識されていますか。
佐藤
それはあまり気にしてないですけど、僕はすごく飽きやすいから味やデザインを変えて結果として常に新しくなっています。しかし、「生酛」はやめないです。これは変えてはいけない部分です。要するに僕が飽きて変えられることってそんなに重要なことじゃないんです。
山下
新政酒造さんはオリジナルであることを大事にされていると思いますが、商品の「オリジナル」ということに関してはどう考えられていますか。
佐藤
伝統製法の酒造りをしていると、地域性や土地柄が出るから商品は勝手にオリジナルになっちゃうところがあるんですよ。
「オリジナルを生むため」というより、文化というのは元々そういうものなので。Minimalさんは西洋のチョコレートに対して「より根本のチョコレートとは何か」というオルタナティブな考え方を提唱しているわけだから、ぜひ向こうに行って戦ってほしいとも思いますね。
我々は秋田という土地から出ることはないですが、チョコレートはそうじゃないと思いますので。
山下
どうもありがとうございます。西洋発のチョコレートを独自に再解釈したチョコレートを西洋に逆輸入することは、次の10 年での一つの挑戦だと思っています。
佐藤祐輔さん
新政酒造8代目蔵元。創業170年を誇る秋田の酒蔵を率いて、90年以上前に自社で発見された古い清酒用酵母「きょうかい6号」を使った純米造りや江戸時代に確立された無添加の「生酛」製法も採用。48本の木桶を所有し、全ての酒をこれらの桶で醸す伝統製法に回帰した酒造りを実施。ネーミングやラベルデザインを含めストーリー性のある商品展開で深刻な経営難に陥った酒蔵を再建し、日本酒愛好者から注目を集める存在となっています。秋田市河辺・鵜養(うやしない)では無農薬の酒米作りに挑戦中。
※2024年12月発刊「Minimal 10th ANNIVERSARY MAGAZINE」より