素材づくりは、
自然に向き合う。
ときに喧嘩もする。
岩手県・遠野市で、無農薬・無肥料で在来米「遠野一号」を自家栽培し、どぶろく醸造を行う〈とおの屋 要〉。
ムガリッツ(サン・セバスチャン)やノーマ(コペンハーゲン)で使われるなど、日本にとどまらず世界中の名だたるレストランで採用され、人気を博しています。
米農家・醸造家・料理人でもある佐々木要太郎さんに、素材にこだわって“自然農法”という困難に挑んだ経緯や、その果てに生まれたどぶろくについてお話を伺いました。
自然農法は、ケミカルなものを意図的に使わないこと
山下
〈とおの屋 要〉さんの「どぶろく」を初めて飲ませていただいたとき、強い衝撃を受けました。
それまでのイメージとはまったく別物で、一つの料理というか、こんなに複雑で美味しい飲み物があるのかと驚きました。酒米から無農薬栽培されて醸造されると、素材の力強さがダイレクトに現れるのですね。自然農法をやろうと思われたのは最初からでしたか?
佐々木
はい。僕はワイン醸造家のアンリ・ジャイエ氏が好きで、彼の考え方に従えば自然農法はごく当然の流れでした。
……でも、こんなに大変だとは分かっていませんでしたね(苦笑)。自然栽培の本を読んで稲作をはじめたのですが、うまくいかないんですよ。初年度の収量は、一反あたり今の10分の1以下でした。
山下
9割はどうなったのですか。
佐々木
雑草に負けたということです。あと、本に出てくる土地と東北では気候がまるで違うので、その場所に合ったやり方をしなくてはならないんですね。
山下
なるほど。やっぱりそうですよね。カカオ豆の発酵もフィリピンでうまくいった手法が、ベトナムでは通用しなかったりしました。
佐々木
そうなりますよね。自然農法って「何もせずに自然に任せる」というより、僕は「ケミカルなものを意図的に使わない」と捉えています。
昔から「食で治せない病気は、医者でも治せない」という言葉があるのですが、自然環境の中で育てられないものはダメだと思いつつ、放置すると雑草たちに勝てるということは100%ないので、子育てをするようなイメージで僕たちが介入させていただきますみたいな感じです。
山下
その向き合い方は、自分たちで方向性を変えてやろうとかイメージ通りのものを作ろうってことじゃなく、「寄り添う」感じに近いんですね。
佐々木
「寄り添う」にはたしかに近いですが、ときには喧嘩もしなきゃやっぱりダメなんです。絶対に必要です。それが「向き合う」ってことです。
たとえば明日雨で田んぼが水没するとなったら、何もしなければ米はダメになるんです。そこは自然任せではなく、自分の時間なんか関係なく、やりきるまで終わらないという考えです。
※無農薬・無肥料栽培で育てられる美しい田んぼ
自然の力が、自分の想像をはるかに超えていく喜び
山下
今、気候変動が世界的な課題になっていますが、農業の現場ではどう感じられますか?
佐々木
気候変動に関してはもう昔のようには戻れないので、人間が今の形に合わせるしかないと思っています。
生命の多様性を僕たちがどう見るかだと思うんですよ。自然界ってそんなにやわじゃないんです。生き物にはもちろん強い生命力があるので、人が関われる方法やタイミングをいち早く模索して実行することがますます大事になります。
具体的には自然に負荷をかけるような科学的な開発方法ではなく、調和させることを考えて開発することだと思います。
日本人って引き算が得意なので、料理でも臭みを消すためにはどうするかみたいに考えがちですが、それを際立った個性と捉えてまったく違う調和の取れた風味を作ることを考えた方がお互いのためになるんですよ。
なんで害虫が悪さをしてるのか?と考えないで、みんなその害虫を消し去ってしまおうとばかり考えるんですよね。
山下
本当は全部がビリヤードのような関係性で成り立っているのに、一部だけを抜いて要素還元する考え方は、西洋の影響が強いんですかね……。日本は元々そうじゃなかったはずですよね。
佐々木
そうですよね。今、僕たちがやれていることって、すべては 0から1を作った過去の人がいたおかげで、それをブラッシュアップして成り立っているんですよね。
だから僕は昔のものには憧れを抱いていて、先人たちがやってきたことに興味があるんです。そういう文化を大事にしたいんです。
山下
たとえば日本酒の「並行複発酵」なんて、科学的知見もない時代にどうやって構築したのか謎ですもんね。
佐々木
そうだと思いますよ。
……自分がずっとやり続けてきて、唯一ね、思ったことがあるんです。
それは、生きるためなんです。ものづくりをきちんとやらないと自分たちの命が脅かされる。だから先人たちは本当にがむしゃらにやったんだろうと思います。
山下すごい話ですね。文章でこの迫力、伝わるかな。
途轍もなく良いものは「売ろうとしないと、売れないもの」
佐々木
今回、ノーマというレストランにうちのどぶろくが入ったんですけど、日本では元々誰も見向きもしてくれなかったんです。
でも「分かる人には分かる」とそのとき思ったんですね。ノーマの料理の好みは別としても、やっぱり表現方法を見れば感性は高いことが誰でも分かるじゃないですか。
山下
良いものをつくる人たちの嗅覚ですよね。プロダクトから敏感に感じ取るのが早いですよね。
佐々木
そう思います。僕が最近感じるのは、「黙ってても売れるものをほしい」みたいな風潮が強いんですよ。
それはもちろんラクで簡単だから、当たり前だとも思うのですが、でも「途轍もなく良いもの」って逆に「売ろうとしないと、売れないもの」だと思うんです。
なぜかというと、良いものは基本的に今まで世の中になかったような品質や見せ方なので、感覚が鋭くないと分からないんですよね。
山下
なるほど。感覚の話でいうと、僕は農家の方々にお会いしに行くのがすごく好きなのですが、ときどき皆さんの仰っていることが都会に暮らす人間からすると理解できなかったりするんです。
感覚的なセンサーの感度がもう1000倍くらい違うのだろうなと、いつも思わされるんです。人間の本来あるべき姿を考えさせられるというか、本来はそうだったはずですよね。
本当は人が自然の中で生きていて、多様性がしっかりあれば、環境が変わったら全員で機敏に対応していくはずなので、結果としてアウトプットは良い状態のままを保てるんですよね。
佐々木
そうですよね。それが本来の人の役割だと思うんです。酒造りもそうだし、チョコレートの素材づくりも同じですよね。
僕たちも料理となったらちょっと違うんですけど、素材のように自然の力を使うものは、基本的に人間の役割はもう決まっているんですね。
彼らの営みを邪魔しないようにちょっとだけ介入させていただくという、それがすごく重要になってくると思います。
※2024年6月にオープンした新店「雨宿り」の壁は、自社の田んぼの土や稲藁などでつくられている
山下
今回、生産現場をご案内いただいて、実際に拝見した畑の力強さは圧巻でした。
雑草がまったく生えず、黄金の畑をみると、それだけでなぜあれほど美味しいお酒ができるのかの説得力を感じました。
肥料を使わず、完全に自然の生態系の循環や土地の力と人間の力だけでのお米作りを23年間続けてこられている事実に改めて圧倒されました。やはり、ものづくりの凄みは現場にでるんだなと深く納得しました。
最後になるのですが、(佐々木)要太郎さんからご覧になって、Minimalはどんなふうに見えますか?
佐々木
東京という大都市のど真ん中にいながら、僕の勝手なイメージなんですけど、「東京らしいことをやってないな」って思っています。目の付けどころが東京らしくないなと。
「分かりやすさ」を売りにするんじゃなくて、「分かりづらいこと」に果敢に挑戦されている気がするんですよね。沖縄でのカカオ栽培もそうですし、うちのようなどぶろくとペアリングしてみようとか、“開拓者”みたいなチームだと思っています。
山下
どうもありがとうございます。
最近気づいたんですけど、僕らは本当にめんどくさいことやっていたのかなって(笑)。
でも僕はやっぱり楽しいと思ってやっていたんですよね。むしろ「なんでこんな面白いことをみんな気づかないんだろう?」と。
佐々木
非常によく分かります。
佐々木要太郎さん
1981年遠野市生まれ。料理人/醸造家。100年余り続いてきた民宿「とおの」を4代目として継ぐ。料理の基礎を父から学んだ後、独学で料理を極める。その傍らでどぶろく造りを始め、2011年9月から民宿の隣に「とおの屋 要」をオープンし、ゆったりとした時が流れるレストラン、1日1組限定のオーベルジュを構えている。
※2024年12月発刊「Minimal 10th ANNIVERSARY MAGAZINE」より