Minimal代表・山下が日々考えていることを、気ままにフリートークします。
第3回は「嗜好品」についてお話ししていきます。
※第2回はこちら
第3の方向性としての「嗜好品」
Minimalでは創業時から、「チョコレートを“嗜好品”にしたい」と思って取り組んできました。
コンビニで売られる大手メーカーの「大量生産品」とも、アーティスティックなショコラティエ・パティシエによる「高級品」とも違う、カカオという素材に寄り添った第3の方向性として「嗜好品」というジャンルを目指しました。
僕自身もともとワインやスペシャルティコーヒーに大きな影響と刺激を受けてチョコレートに向き合いはじめたので、ワインやコーヒーのような素材とその個性を楽しむ嗜好品というジャンルのチョコレートもきっとあるはずだという思いもありました。
嗜好品に必要な「ルール設定」
僕は、「嗜好品」に必要なものは、楽しむ人達の共通言語だと考えています。そしてそのためには「ルール設定」が欠かせないと思っています。
たとえばワインの場合、AOC(フランスの国立原産地名称研究所が定める原産地呼称)やDOC(イタリアの統制原産地呼称)といった格付けが厳密になされていて、生産者も消費者もそのルールに従って品質評価をします。
ただ、ここで一つ興味深いのが、その品質評価が絶対的な「美味しい」とは限らない、ということです。
それは美味しいというのは、あくまでも個人の価値観や主観が入ってきますし、言語化も数値化も厳密には難しい側面があるからです。
ただ、品質評価が高いものは限りなく「美味しい」ということも事実であるわけです。
ある一定の基準以上の美味しさはもちろん担保されているのですが、たとえば「五大シャトー特級畑のワインは〇〇という品種のブドウを使い、▲▲の観点や製法を使い、熟成期間など手間がかかっている。だからこのワインはすごい」と定義されているのです。
そしてこの「すごい」という言葉の中に、「美味しい」が含まれているんですね。
なぜ「すごい」のか、ということには上記の例のようにたくさんの理由があります。
歴史があるとか、その土地のテロワールとか、特定の技術があるとか、一定の条件を満たさないと五大シャトーと名乗れないとか、たくさんあります。
こうした理由づけ(ルール設定)が鍵なのですが、だからといって「嗜好品が全ての人に共通して美味しいとは限らない、まさに嗜好性による」というのは、面白いポイントだと思っています。
その名のとおり“嗜好品”なのです。
嗜好性が強烈なファンをつくり、それが広がっていったり、長い時間を積み重ねて文化的な背景を纏っていくんだと思います。
嗜好品は、「すごい」から「美味しい」と思わせる力
もう一つ大きいのは、ルール設定があることで金額設定が変わることです。
たとえば、ミシュランの星付きレストランは、ある程度どこも高い価格設定になっているのではないかと思います。
これは、ミシュランという格付け機関が設定したルールに基づいて、一つ星から三つ星まで格付けするというルール設定をしているのだと言えます。
このルールがきちんと浸透していると、価格に転嫁されるんだと思います。
僕が考える嗜好品でいうと、スペシャルティコーヒーはまだまだ認知度は低いですが、ワインのように万人に共通のものとなっていくと、名実ともに嗜好品として捉えられていくのではないかと思っています。
だから「美味しい」に加えて、その手前に「すごい」なんです。
「すごい」から「美味しい」に違いない、とみんなに思わせる力があること。それこそが「嗜好品」やそれが纏う「文化」なのではないかと思っています。
チョコレートの解像度がまだまだ低い現状
Minimalとしての課題は、商品の力をもっと高める必要もありますが、同時に「ルール設定」も考えていく必要があります。
一定のレベルを満たした上で、「なぜ素晴らしいのか」を語れる根拠を示したいのです。
社内で全社員でテイスティングを行っているのも、そのチョコレートの特徴を言語化し、自分の言葉で語れるようにするためです。
コーヒー業界ならスペシャルティコーヒー協会ができて「カップ・オブ・エクセレンス」品評会というルールが決まったわけですね。
欧米の人達が中心となってそのルールを設定をしたのですが、彼らはルール設定する側に回るのがうまいんですよ。
少しだけ話がそれますが、日本がグローバル市場で戦っていく際にここは日本人は見習っていかないといけない点だと強く思います。ルール設定をする側に回るのか、ルールに従う側に回るかは雲泥の差があります。
チョコレート業界でも「インターナショナル・チョコレートアワード」などはたぶんそういうことやろうとしていますね。
ただ、チョコレートの場合、現状ではまだまだプロダクトの解像度が発展途上と言えます。
たとえば、「酸味が何点」といった評価基準を作ったとしても、それを認識できるプロダクトが世の中に多くないのです。
ワインならば、「フルボディ」と言われればそれを体感できるサンプルが世の中にたくさんありますよね。
チョコレートは、ルールも未設定でサンプルも少ないので、リテラシーを上げる土台がまだ整っていないと感じています。
「知らなかった」から始まる、嗜好品の入口
あと、もう一つ思うのは、ワインやコーヒーと比べて、チョコレートは「子どもが食べても最初から美味しい」ということもあります(笑)。
つまり、「わざわざ食べる」という行為を強いられないんですよね。
コーヒーを思い出してもらえば、最初に飲んだときはみんなきっと「苦い」と感じたんじゃないかと思うんです。それでも美味しそうに飲む大人がいて、どうしてだろう?という探究心みたいなものから僕はコーヒーにハマっていきました。
チョコレートのように最初の間口が広いのは、そこから努力して学び取っていこうとする余白が少ないと言えるかもしれません。みんな何も考えずに「これでいい」と思ってしまうので(笑)。
だからMinimalとしてトライしたいのは、「美味しい/まずい」の前に「知らなかった」という気づきを喚起することですね。
知的好奇心に訴えて、「なんでこんな味がするんだろう?」ということにオウンドメディアや店舗スタッフがコミュニケーターとなって、なるべく理路整然と説明できるようにしておくことだろうと思います。
ワインにはソムリエがいて、コーヒーにはバリスタがいますよね。同じようなプロフェッショナルをチョコレートの世界にも生み出し、増やせたらいいなと思っています。
※第4回「僕は水墨画を描きたかった!?」はこちら!