もっと極限まで
おいしさを追求したい
室町時代後期に創業後、5世紀にわたり和菓子屋を営み、おいしい和菓子と喜びを時代を超えて届けてきた虎屋。18代の若きトップである黒川光晴氏に、Minimal代表 山下が、"ものづくり"をテーマに対談インタビューを行いました。
生産者の方々に寄り添わないと、おいしいものはつくれない
山下
本日は“ものづくり”について、じっくりお話しさせていただきたいと思ってお伺いしました。
Minimalは「カカオ豆」という素材にフォーカスして日々取り組んでいるのですが、虎屋さんの素材へのこだわりと生産者との関わり方はずっと尊敬していました。
黒川
どうもありがとうございます。ごく一例なのですが、虎屋があんに使っている原材料の一つに「白小豆」という希少な小豆があります。
約100年前から群馬をはじめとする生産者の方々とお付き合いを続け、今も契約栽培で生産していただいています。虎屋が主として使用しているのは「福とら白」という独自の品種で、2018年に品種登録されました。
山下
小豆の品種登録としては、虎屋さんが民間で初めてだったと伺いました。また、社内の研究室で後継品種の品種改良にも取り組まれているんですよね。
黒川
そうなんです。白小豆は非常に栽培が難しく、つる状に地を這うように育つため、機械で収穫することもできません。
品種改良を行ない、少しでも育てやすい品種にすることで、どうにか生産者の方々の負担を減らせないかと考え、取り組んでいます。
山下
そこまでこだわるなんて尋常ではないと思うのですが、やはり虎屋さんの理念の中に「おいしいお菓子をつくる」という軸があるからですか。
黒川
虎屋には「おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く」という企業理念があり、もっと極限までおいしさを追求したいという思いが常にあります。
それを突き詰めると、私は最終的には原材料に行き着くと思っています。だからこそ、山下さんも世界中を本気で旅しながら素材を追求されていらっしゃるんですよね。
山下
はい。ありがとうございます。私が自分の足で海外のカカオ産地を回っていますね。
黒川
私たちの菓子は、人の手で育てられた農作物を原材料としているので、おいしいものをつくるためには、きちんと生産者の方々に寄り添っていく必要があります。
どんなに虎屋が思いを持っていても、生産者さんに共感していただけなければ良い関係につながりません。ですので、直接コミュニケーションを取って、なぜその原材料が重要なのかを、一所懸命ご説明したりもしています。
山下
カカオ農家でもまったく同じ状況に直面しますね。
それは、おいしさにつながる技術か?
山下
今回、一番伺ってみたかったことなのですが、おいしさとは「素材×職人技術」だと思っていまして、虎屋さんの職人技術の取り組みについてお聞かせいただけますか。
黒川
私が強く意識しているのは「おいしさを最大化するには、どのようにつくるべきか」という点ですね。
たとえば、あんをそぼろ状にして、あん玉にまとわせた「きんとん製」という製法の生菓子があります。
ふわっと空気を含むようにそぼろを付けると、見栄えがいいだけでなく、食感や味の感じ方が変わるんですね。このように、かけるひと手間や、一つひとつの技術が「おいしさにつながるものかどうか」を考えるようにしています。
かといって、単純に手数が増えればいいという話でもありません。あん作りなどは、長時間炊き続けるほどおいしくなるというわけではなく、時間をかけすぎると小豆本来の風味が損なわれてしまうんですね。素材が最もおいしくなる瞬間は紙一重のところにあるので、その塩梅を常に模索しています。
山下
非常によくわかります。手仕事によるものづくりの醍醐味は、まさにそこにありますよね。
黒川
虎屋は幸いなことに日々の製造量が多いため、職人が技術を高めることができる環境ではないかと思っています。「量」は技術を高めるために大事なんですよね。
山下
量が質を生むというお話、とても共感します。虎屋さんは量をつくる際にも、単に工場で大量生産という方向性より、職人の手仕事を残す形で臨まれていますよね。
量をつくることによって、関われる職人が増え、職人の技術の追求になるというのは、目から鱗でした。Minimalが目指すものづくりの理想だと思っています。
黒川
ありがとうございます。また、新しい菓子をつくる際には「長期間にわたってお客様にご愛顧いただけるか」という視点も大事にしています。
目新しさがあっても、一過性のものになってしまう菓子を販売することは、虎屋の理念に反します。
一方で、それを気にしすぎても挑戦的なことができなくなってしまうので……そのバランスが難しいですね。
山下
そうですよね。目先の売上より目の前にあるおいしさを追求することや、長く続けていくことを大前提としている姿勢など、虎屋さんが当たり前のようにやられていることの基準がものすごい高いんですよね。
黒川
例えば、何か一つの商品を短期間で大ヒットさせれば良いという商いではないので、この先、10年、20年、さらには500年をどのように続けていくかが焦点になってきますね。
山下
500年先まで続いていくものづくりという観点は虎屋さんならではの重みを感じて大変勉強になります。
自分たちの思いと深く共感できること
山下
じつは虎屋さんにはMinimalのチョコレートを原材料としてずっとお使いいただいているのですが、黒川さんから見てMinimalはどう映っていますか?
黒川
私はMinimalさんのチョコレートがカカオという素材のポテンシャルと個性を引き出されていることに感銘を受けました。
原材料として使用させていただく際に重要なのは、「自分たちの思いと照らし合わせて深く共感できるかどうか」だと思っています。
自分と同じように、社員のみんなが「このチョコレートを使うことが菓子にとってよい選択である」と思えるかが大切と考えましたので、担当者や職人にも意見を求めました。みんなから共感を得られたことはとても良かったと思います。
山下
私も完成品を試食させていただき、うちのチョコレートをこんなにきちんと香りが残る形で仕上げていただいたことに感動しました。とても難易度が高かったことは想像に難くないもので。
黒川
私も非常に満足のいく仕上がりになりましたし、菓子の開発に関わった社員のみんなも「とてもおいしくなった」と言ってくれています。
山下
嬉しいお言葉です。
北海道・十勝は、ワインで言えばブルゴーニュ
黒川
今日はゆっくりお話しさせていただきながら、チョコレートと和菓子について考えていました。
今、和菓子が海外で一般的なものかというと、まだそうではありません。一方のチョコレートは世界中で食べられていて、Minimalさんのように日本を経由して発展させるということが起きている。和菓子が世界へ広まる糸口は一体どこにあるのだろうかと、どうしても探してしまうんです。
山下
でも和菓子には確固たるオリジナリティがありますよね。
黒川
和菓子の個性としては、一部に卵などを使う菓子はあるものの、主として植物性の原材料から作られるという点があります。
山下
世界のお菓子が乳製品を使う中、独自性が際立っていますよね。
黒川
世界各国で和菓子が楽しまれている未来を想像したときに、小豆にもさまざまな可能性があると考えています。
山下
世界各地で小豆が生産されるようになれば、カカオ豆のようにその土地の個性が出てきますよね。
黒川
おっしゃる通りです。そうなると、日本の生産地の価値もさらに上がると思います。
小豆における北海道・十勝地方は、ワインでたとえるならばブルゴーニュ地方と言えるかもしれません。チョコレートはすでに世界規模の生産があり、「この土地のカカオ豆ならこういう個性」のような追求がなされています。和菓子の未来を見ているようで、勉強になります。
「続けることの大切さ」が、日本人のDNAにある
山下
虎屋さんの歴史の中で、黒川さんの代ではやっぱり「グローバルに通用する和菓子」ということは大きなテーマになっていくのですか。
黒川
そうですね。「和菓子を世界に広めていきたい」という強い思いはあるものの、一方で、私や虎屋が何もせずとも、必ず和菓子は世界に広がっていくと確信しています。
長い歴史の中で日本人が培ってきた文化と ものづくりは、世界に通じるポテンシャルがあると、強く思っているからです。
山下
黒川さんの考える、日本人が培ってきた文化ってどんなところですか?
黒川
過去から受け継がれてきたものに敬意を払い、それを未来に繋げていく力、でしょうか。
たとえば伊勢神宮は20年に一度造り替え(式年遷宮)ますよね。そこには、自然と人間社会の共存と調和、そして継続が組み込まれています。森の樹木や大工さんの技術の継承ともリンクする周期になっています。
「続けていくことの大切さ」が日本人のDNAの奥深くにあるのではないかと思うのです。
山下
500年の伝統を背負われているからこその、見据えられている時間軸に大変刺激を受けました。
Minimalはまだ10年を迎えたばかりですが、背筋の伸びる思いがしました。本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。
黒川光晴氏
株式会社 虎屋 代表取締役社長。1985年生まれ。2008年に米バブソン大(経営学部)を卒業後、虎屋入社。東京工場製造課で菓子製造、パリ店勤務などを経て、2020年、代表取締役社長に就任。
※2024年12月発刊「Minimal 10th ANNIVERSARY MAGAZINE」より