西麻布の日本酒バー「EUREKA!(ユリーカ)」を経営する千葉麻里絵さんと、Minimal代表・山下の対談(後編)は、日本酒を通して新たなカルチャーを提案する千葉さんの現在地に迫ります。
※前編はこちら
「ないところ」にカルチャーをつくりたい
山下
食のカルチャーにおいて“街”の存在は大事だと思いますが、今回西麻布を選んだのはどういう理由からでしたか?
千葉さん
いろいろな街を見て回ったときに、西麻布って最寄駅もないので、けっこう“村”なんだなと感じたんですね。高級店ばかりなのかと思いきや、けっこう人間臭さや人情を感じていいなと。
なおかつ周りに日本酒専門店もないところで、ちょっとカルチャーを作りたかったというのもあります。自分が恵比寿でお店(GEM by moto)をやっていたときも、恵比寿ってワインのお店ばっかりだったんですが、だんだんと日本酒のお店が増えてきたんですね。そういう経験が自信にもなったので、“ないところ”にカルチャーをつくることに挑戦したいなと。
西麻布でちゃんとおいしいものを知っている舌の肥えた方たちに、日本酒をわかってもらえたらいいなって決めました。
業界で変なことをやってる人は、一人か二人しかいない
山下
ちなみに、千葉さんからMinimalってどう見えますか?
千葉さん
常に新しい挑戦をされてますよね。SAVORYを初めて食べたときは、今までに食べたことのない味でゾクゾクしましたし、ザクザクした食感も、そういえば「チョコレートは口溶けがいいものがいい」って誰が決めたの?って気づかされましたし。
日本酒も「香りのいい大吟醸がいいって誰が決めたの?」って考えると、結局「誰かがいい」と言ってるからというだけなんですよね。みんな自分で「いい」とか「美しい」とか決めるのが苦手なんだと思います。
山下
日和見主義者が多いんですかね。
千葉さん
昔、フランスで真っ白い絵画があったらしいんですけど、それを「美しい!」と言った人がいて、その横でお母さんが子どもに「この国の素晴らしいところはこの絵を美しいって言える人がいることなのよ」って言ったという話があって。
誰かが評価したとか有名とかではなく、「これがいい」と自分が思ったら、それでいいと思うんですよ。
「お酒になんでスパイス入れちゃいけないの?」とか「なんでブレンドしちゃいけないの?」と考えて一回やってみて失敗したらやめればいいだけで、みんなが当たり前に思うことを「なぜ」って問うことが大事じゃないですかね。
誰かが言ったからではなく、自分がすごく美しいと思うものをちゃんと「美しい」と言える感覚は常に持っていたいので、やっぱり食事以外でも美術館行ったり、音楽聴いたり、いい作品に触れるようにしています。
山下
わかります。違う業界から学びになることは本当に多いですよね。僕も「おもろい!」と思う人とずっと一緒にいるようにしたら、結果的に異業種の人と付き合うようになっていたというのはあります。
というのは、やっぱり一つの業界で変なことをやってる人って、一人か二人くらいしかいないんですよ(笑)。
千葉さん
私も若いころは先輩についていって学ばせていただいていたんですけど、これからは若い人から学ばないと!と思っています。まだあまり実践できてないですけど。
日本酒のマニアというより、ラブ
山下
ところでMinimalのチョコレートと日本酒って合いやすいですか?
千葉さん
合いやすいです。「余白」があるから。
素材であるカカオ豆の味わいを活かしていて、シンプルで余白があるのでお酒が入る余地があるんです。
山下
それは嬉しいです。ブランド名のMinimalという意味でもありますが、シンプルにそぎ落としていくことで、本質だけ残る。それは余分なものがないということだから、余白があることってことでもある、と教えてもらったような気がしました。
千葉さん
ペアリングを考えるときも、料理をゴージャスにしすぎるとそれだけで完結しちゃうから、少し隙間を残しておくんです。その方が日本酒が入る余地があります。
山下
なるほど。
千葉さん
私、日本酒に関してはやっぱり「マニアック」というより、「ラブ」なんですよね。
山下
僕もそうですよ。チョコレートに対する「ラブ」ですね。
「おいしい」は満足度、「楽しい」は快楽
山下
僕は「新しい」とか「楽しい」という言葉がいいなと思っていて。それって人生に余白をつくれているってことだから。
「おいしい」というのは大前提だし、もともとの食文化や食カルチャーに根ざした価値観で言われることが多いけど、その上で「新しい」とか「楽しい」とかっていう言葉がちゃんとお客さんから出てくるというのが食体験においてすごい大事だと思っています。
千葉さん
よく満足度っていう言葉が使われますけど、それは当たり前のレベルだと私も思っていて。私は「おいしかった」は満足度、「楽しかった」は快楽だと思うんです。
食における快楽ってお店に行かないと得られないものだと思うんですよね。日本酒を飲むだけなら家でも飲めるけど、お店でいい器を出してもらって、料理のペアリングで新しい体験をして「楽しかった」という快楽に至ることが、人を幸せにするんじゃないかと。
山下
とても共感出来ます。「おいしかった」っていう満足度の先にある楽しい体験なんですよね!
“一人への爆発力”は、食の素晴らしさ
山下
僕が大事にしているのが「好奇心の奴隷(スレイブ・オブ・キュリアス)」という言葉で、自分が面白いとか、なんか気になると思ったものを素直に見に行くとか、素直に食べに行くという好奇心の琴線に触れるままに行動することがめちゃくちゃ大事なんだと思っています。年を取ってくると億劫になることが多いんですけど(笑)。
こないだ『ピカソ 青の時代を超えて』っていう展覧会が箱根のポーラ美術館でやっていて(※2023年1月15日まで)気になったんでフラッと行ったんですよ。行ってみたらやっぱりすごいよくて。本当に好奇心の赴くままに生きるというか、そのアンテナを立ててないとよくないなって思っています。
千葉さん
そういえば私ね、食のコンプレックスになったときがあって。なんでかと言うと、チームラボやサカナクションがすごい好きで。
私も「エンターテインメント」をうちの店でもやっているつもりですけど、多くの人に一度に届けることができないんですね。五感のうち嗅覚と触覚って、同時に大勢には伝えづらい感覚なので。
コンサートや美術展に行くたびに、なんで日本酒でこういうことができないんだろうっていうコンプレックスで……。
山下
たしかに。食体験は広く浅くではなく、狭いけど深くなのかもしれないですね。
千葉さん
毎日お店に来てもらえて、毎日ライブとして食の感動を伝えられたときの、“一人への爆発力”は食の素晴らしさだなあとは思うんですけど。
山下
これはもう永遠のテーマかもしれない(笑)。
千葉さん
そういう意味で、コラボのお酒を造ってますかね。
山下
なるほど。多くの人に届けたいっていう千葉さんのやりたいことと日本酒っていうのは相性がいいんじゃないかな。日本酒という飲み物は多くの料理と合わせることもできるし、提供方法も多様ですよね。そして、酒蔵ごとの個性があって。コラボすることで新しい価値やまだ伝わっていない価値を日本酒に閉じ込めることができれば、千葉さんのお店にこなくても、その価値を多くの人に届けられるはず。
でもやっぱり自分で伝えることが楽しいから千葉さんはずっとカウンターに立ちたい?今のところカウンターから卒業する自分のイメージはない?
千葉さん
うん、ないです(笑)。
対談は以上です。最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。
千葉麻里絵さん
西麻布EUREKA!店主。日本酒ソムリエ。第14代酒サムライ。岩手県出身。日本酒に魅了され、日本全国の酒蔵や酒販店を訪ね、口内調味(ペアリング)で新しい日本酒体験や、酒蔵とのコラボレーションを通して、新たな日本酒のスタイルを提案している。
映画:『カンパイ!日本酒に恋した女たち』
著書:『日本酒に恋して』(主婦と生活社) 『最先端の日本酒ペアリング』(旭屋出版)
EUREKA!(ユリーカ)
西麻布交差点にほど近い2階に構えた、日本酒と料理のペアリングを楽しむ酒場。カウンター席(12席)/立ち飲み(10人)/個室(4人)という3タイプを備え、それぞれの気分に合わせて自由に楽しめる。
千葉さん
EUREKA!のシグネチャー「うふマヨ🖤」と岩手県の民宿とおのが醸す権化 PEAT。米と米麹、稲藁で米糠を燻してしぼったお酒とのペアリング。体験してみないと分からない未知の世界をお店で是非。